嫌いな人について

ずーっと、嫌いな人も大きな悩みもなく生きてきて

悩みがないのが悩みってくらい。
今思えばアホみたいやけどそれが逆にコンプレックスやった時があって
嫌い、とか、落ち込む、とか
そういう感情が全くないのってどうなんやろって
好き、とか、幸せ、の真逆なんやから
とても大切な感情なんじゃないかと思ったのが一昨年あたりから去年。
嫌いって言葉には何故か不思議な信憑性がある。
音楽でも食べ物でもファッションでもいいんやけど
例えば音楽なら
「なんでも好き」とか「全部好き」って言うより
「あぁゆうのはあんまり好きじゃなくて、でもこれが好き」って言った方が
ホンマに音楽好きで、色々聴いてるんやなって思うし、
嫌いにも好きにも理由がある人なんやなって、
私は思ってて
嫌いな物がある人に憧れてた。
嫌いってはっきり言える人に憧れてたし
真似してた
けど嫌いになり方がわからんくて
好きな人が嫌いっていう、物や人を
そういう視点で見てみる
そして、自分も嫌な見方をする。
なんてゆうアホなことをしてました
自分を試したかったんやろな
自分の中にまだもっと、
違う自分がいるかもしれんから、
いるなら出てきて欲しかったんやと思う。
一目お会いしてみたかっただけなんです。
けどやっぱしんどいだけで、
新しい中嶋さんは出てきませんでした。
むしろ元いた自分がちっちゃくなってった。
私にとっては嫌いって、素直さをなくす事やった
受け入れる事を拒む、入り口が塞がってく感覚。
人の嫌なとこ見つけるのって難しいね。
でもやっぱり、見つけられる人には未だに憧れがある。
自分と違う目を持ってる
見えへん物が見えてる。
しかも、「嫌い」をちゃんと活力に出来てたりする。
けど、人を否定すんのってホンマ正解がない
「その考えはおかしい」
「その態度はよくない」
「その服はナイわ!」
とか、そんなんは思う事ある
けど、だからと言ってその人自信の事が嫌いやとまで思える嫌な奴には不運な事に、出会えへんかった。
めでたしめでたしです。
中嶋の嫌いキャンペーン終了〜
無理してたなーって気付いた瞬間にめっちゃ楽になった。
神様ありがとうございます。
この世に嫌いな人間が一人もおらんって、とっても清々しい事やで。
人じゃないものと戦う準備が整ったよって感じがしてワクワクしてます。
だから一回、考え方を変えたのはよかったんやと思う。
準備が整ってたんやって事に気づけたし。
戦う相手の中で一番、
人がちっぽけで無意味で、楽しくない
人と人が戦う時って
わかりあいたい時やったりする
もしそうなら、やり方間違ってる
戦わんでいい
素直が一番でんがな!
でんがなー!
イッキュウ