PA藤井

山口、ありがとうございました。
主催者のPA藤井について少し思い出す。
tricotは2010年9月に結成して
2011年11月、初めてのtricot主催のイベント、爆祭にて、memento森を見に来てた藤井ちゃんにたまたま出会って、
俺にPAやらせてくれ!!(エロい意味で)と言われる。

初対面の女の子に向かっていきなりやらせてくれって
なんてチャラいヤツやと思った。

PAをお願いするお金なんてなかった私たちは断った
けど、金はいらんからやらせてくれ
と言ってきて、それからなんだかんだ、藤井ちゃんはほぼボランティアでtricotの初期の1番大事な時間をずっと一緒に過ごしてくれた
初めてのツアーとか、フェスとか、ワンマンとか、
藤井ちゃんも今みたいに大きいとこやったことなかったみたいで
SET STOCKのメインステージに出た時は
緊張でゲロを吐いたらしい
それにしてもたくさん無理をしてたし
なんでこんなこの人、こんなに無理してうちらと一緒にいてくれるんやろうと、
わからんこともいっぱいあった
半信半疑、でも信頼してた
多分tricotのことが好きやったんやろう、藤井ちゃんは
バンドメンバーしかいない宙ぶらりんなtricotと向き合ってくれる
唯一頼れる人やった
いつもそばにいてくれた

いろんな話した
しょーもない話から
藤井ちゃんの昔の話

藤井ちゃんのかーちゃんはアメリカにいて
藤井ちゃんはばーちゃんと二人で24歳まで山口におって
ばーちゃんが大好きやったこと
でも、自分のやりたいことやるためにばーちゃん置いて一人で神戸に出てきたこと。
ばーちゃんが天国に行ってしまったこと
山口の家が、なくなったこと。

初めてワイルドバンチに出たとき、
山口の、空の下で歌えることがホンマに嬉しくて仕方なくて
お客さんには申し訳なかったけど
藤井ちゃんのばーちゃんに向けてライブした。

藤井ちゃんはいつか冗談まじりに、山口にもう帰る場所がないってゆうてたけど

でも昨日fujii rock fesで
藤井ちゃんが呼んだ3バンドと、そこに来たお客さんが全力で泣いたり笑ったりしてるのを見たら
藤井ちゃんの帰る場所は、やっぱり山口にあるんやなと思った。
自分の帰る場所を、自分で作った藤井ちゃんはすごい。

毎年藤井ちゃんが山口に里帰りできるように、毎年やって欲しい
藤井ちゃんに救われたり、藤井ちゃんに繋げてもらったバンドはまだまだ居る
昨日の3バンドだけじゃないとおもうから、
またやってくれ。山口に呼んでくれ。
音楽がある場所が、藤井ちゃんの帰る場所なんやで

昨日も最後の曲だけはばーちゃんに、聞いて欲しくて歌った。
自分のおばぁちゃんが居なくなった時に作った曲やったから。

藤井ちゃんの担当するバンドはすぐ人の上に乗る
昨日は藤井ちゃんも人の上に乗ってた
人の上でPAをしてた藤井ちゃんをみて、
皆爆笑してたのに何故かなかじまは泣けた 笑

愛されてるなぁと思って。

マーヤさんのことが大好きなんも知ってたから
マーヤさんに抱きしめられて泣いてる藤井ちゃんを見て
また泣けた

これから何回やっても
もうこんな感動する回は訪れなさそうなくらい感動した

藤井ちゃんありがとう。
感謝してます。

藤井ちゃんがんばれよ!

でも、藤井ちゃんの誕生日前日に企画して、女の子から誕生日プレゼントいっぱいもらってたのには、少しイラっとしました。

いつか青空の下で藤井ちゃんが企画してくれたら、また歌いたい
いつこに届くまで頑張って歌おう。
その時は藤井ちゃんがPAして声届けてね

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中嶋いつこ


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